北風ブログー784
2024/1/26更新
病気―26
そのI先生の胸部X線写真の結節像、I先生が抗結核薬を飲み始めたにもかかわらず、その後は大きな変化はなく、大きくなることもなくさりとて小さくなることもなくそのままの大きさと形状をたもっておりました。結節というのは“しこり”のことです。通常の肺とは異なり何か塊のようなものがあるということです。
そこから一年もたたないある診察日のことです。いつも通りもってこられた血液検査データに目を通しておりますと、尿潜血が陽性となっていました。「あれ、I先生、尿潜血が陽性ですね。以前は、尿潜血なかったですよね」と言いました。尿潜血とは、尿に血液が少量混じることを示します。尿潜血程度では、尿の見た目は普通です。で、I先生曰く、「以前から私、尿路結石があり、それが再発したのかもしれませんね。私、以前一度衝撃波治療をしたことがあるのですよ」とのこと。尿路結石とは、尿路にできる結石のことを言います。尿中のカルシウムなどのミネラルが結晶となって尿路内で成長し、この結石が尿路(腎臓・尿管・膀胱)を塞ぐと強い痛みが出現します。日本では、年間10万人ほどが罹患している疾患です。
この尿路結石、以前は外科的手術で治療していたのですが、最近は衝撃波を結石のところにピンポイントで当てることにより結石を粉砕する治療法が一般的なのです。正式には、体外衝撃波結石破砕治療と言います。英語ではESWL (extracorporeal shock wave lithotripsy)です。外科手術をせずに体外から衝撃波を当てて他の臓器を傷つけることなく、結石のみを細かく破砕する治療です。砂状に破砕された結石のほとんどは尿と共に自然に体外に排出されます。衝撃波の焦点を合わせるために、放射線で位置決めをしてからESWLを用います。1回の治療で破砕される場合もあれば、数回治療が必要になることがあります。
でも、I先生、お年も召されてきましたから、糸球体腎炎など腎臓の病気や膀胱がんや前立腺がんの初発症状かもしれないので、一度精密検査をされたほうがいいですよ」とお伝えしました。気のせいか、I先生の顔色がすこし曇ったような気がしました。「ま、だれでもがんとか言われると嫌なので、I先生も同じなのかもしれないな」と思いました。「いやいや、先生、うちの家系はがん家系ではなくどちらかというと循環器系で亡くなる家系なので、がんはあまり心配していないのですよ。それより、心臓のほうが怖いので、大先生のご高診を仰いでいるのですよ、あっ、はっ、はっ」と不安を意識的に笑い飛ばすような感じで、語られました。私もI先生のご意見を信じて、胸部X線写真の結節や尿検査の潜血についてはI先生にお任せすることにいたしました。
このI先生、細面に金縁の眼鏡をかけ、俳優のような美形です。でも、これまでのやり取りの中でおわかりになったかと思いますが、とても繊細で少し神経質なところもある先生です。ですので、患者さんのいろいろなデータにも気を配り吹田の名医として知られていました。そのI先生、翌月の私の診察をお休みになり、2カ月後になぜか奥様だけが来られました。