北風ブログー782

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2024/1/12更新

病気―24

江頭さんは、芦屋マダムで医療関係者ではありませんでしたが、私の患者さんの中には、不思議なことにお医者さんが何人かおられます。当然ですが、医者といってもすべてに万能ではなく、自分の専門以外の分野はその専門の医師を受診するわけです。私が以前在籍した国立循環器病研究センターで心不全を専門とした初診外来をした時に、大阪医科大学のある教授と吹田市医師会医師会長の紹介状を持って初老のI先生がこられました。この先生は70歳ぐらいの男性の開業医で、大阪府のある市内で開業されているとてもジェントルマンの先生です。


その紹介状曰く、「I先生は高血圧がもともとあるのですが、最近少し息切れがするのと、血中BNPレベルが少し高いので、見てあげてほしい」とのことでした。これは私にとってはお安い御用です。私の最も専門とするところですので、型通り、問診と聴診などの診察をして、すぐに血液検査、心電図検査、心臓超音波検査をすることといたしました。胸部X線写真は自院で撮影したものを持参されていたので改めて撮ることはしませんでした。ちなみに、医師にとってもその診察と治療がたやすいものと、専門分野でも診断と治療に迷うものがあります。当然ですよね、医師国家試験の問題でも簡単に解ける問題と頭を抱えるような問題があります。


緊急で提出したI先生の血液検査では少し腎機能低下があるのですが、その程度はたいしたことはなくそれ以外の検査値も問題はありませんでした。唯一の問題点は血中BNP値が100 pg/mLを少し下回るぐらいでした。BNPとは、心臓から出ているホルモンで、心臓に負荷がかかるとこのBNP産生が増加するので、心不全のマーカーとして使われています。血中BNPレベルの正常値は18.4 pg/mL以下で、40 pg/mLを超えると心不全の疑い、100 pg/mLを超えると心不全と診断します。pgとは、1兆分の1gですので、どれだけ微量かお分かりになるかと思います。最近は、日本心不全学会が35 pg/mLを超えると心不全を疑うように指導しています。このI先生はBNPが95 pg/mLぐらいでしたから、少し心臓に負荷がかかっていると判断いたしました。


至急で心臓超音波検査をいたします。心臓超音波検査では、心臓の動き(収縮力)や大きさ、壁の分厚さを判断します。I先生の心臓の動きはよくて、また、心臓弁膜症もありません。ただ、心臓の壁の厚さが13mmと正常の10mmを超えており、また、心臓の拡張力が少し悪くなっているために、息切れがしていると考えました。血圧が高いとそれに打ち勝つために心臓は分厚くなります。心臓も筋肉なので、高い圧力に対して血液を出すということは、過酷な筋トレをしているのと同じで、筋肉はモリモリになり、心臓の壁厚が大きくなります。


普通の脚や腕の筋肉は鍛えられても大きな問題はないのですが、心臓は心嚢という袋の中に納まっているため、むやみに大きくなれません。窮屈な風船の中でうごめいているマッチョマンのような感じで、心臓は収縮して小さくなることはできても拡張・拡大することができにくくなります。心臓は、収縮と拡張を1分間に60~90回定期的に繰り返しています。その収縮と拡張のどちらが悪くなっても心不全となりますが、高血圧が原因で心不全が起こるときは、この心臓の拡張性が悪くなっていることが多いと知られています。心臓は循環のかなめで、収縮力が悪いと心臓から出ていく血液量が低下するのですが、拡張性が悪いと心臓に戻ってくる血液量が減るため、それを補正するために肺から高い圧力で心臓に血液を戻さなくてはいけなくなるため、肺に血液がうっ滞してしますのです。つまり、心臓の拡張性が悪いと肺の機能が悪くなり、血中の酸素濃度が下がるので息苦しくなります。このI先生もまさしくその通りで、心臓の拡張の悪いタイプの心不全が起こりかかっていたのでした。。


そこでI先生には、心肥大を改善できるタイプの降圧薬の服用をお願いいたしました。これを飲むと、血圧が下がるだけでなく心臓の拡張が悪いタイプの心不全は改善できると知られています。その旨をI先生にご説明いたしました。I先生、曰く「お薬は大丈夫です。自分のクリニックで出しますので」とのことでした。


皆さん方の中には、「あ、医者はいいよな。自分の薬を自分で自由に処方できるからな」と思われるかもしれませんが、実はそれは違法です。というのも、自分自身にお薬をたくさん出すと、自分のクリニックが違法に儲けることとなり、それは医師法で禁止されているのです。医師のAが100円で製薬メーカーから購入した薬を自分自身に処方したとすると、処方料10円を請求できます。つまり、患者である自分に医師としての自分が処方した処方料です。さらに、請求された患者の自分(患者A)の支払いは110円の30%、つまり33円の支払いでいいことになります。一方、処方した医師の自分(医師A)は110円を保険機構から受け取ります。医師Aは、患者Aと同じ人ですから、33円は同じ財布の中を行き来するだけです。結局、医師Aは100円の支払いで、110円の還付を受けてさらに患者Aとして100円のお薬が手に入ります。つまり何もしなくても薬と110円を手に入れることができるのです。それだけではなく、自分を診察したという診察料も請求できます。通常、初診料は数千円かかりますから、これは明らかにダメですよね。


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