北風ブログー777
2023/12/8更新
病気―20
江頭さんの一番の長生きの原因は、なにでしょうか? 実はその理由は、私のところに2週間に一度毎回きっちりと何十年も通院されていたことにあるのではないか、とひそかに思っております。でもそれは、私が何か長寿の方策を江頭さんに伝授したわけでも、私が名医で長寿の秘策を持っていたためでもありません。黙々と私のところに隔週で通われて、医者である私と10分ぐらい医学や江頭さんの体調のお話をして、帰りに梅田かどこかで昼食をとられて、ついでにショッピングをされて、また芦屋のご自宅に戻っていく、この一連のプロセスの繰り返しがよかったのではないかと思います。私のところに通われていた期間の半分以上はご息子の“まことちゃん”がご一緒でしたから、そのご子息との通院途中での会話も精神衛生上大事だったのかもしれません。
多くの方は、病院には病気で通っています。当たり前のことですが、病気自体がよくなれば患者さんの体調はよくなるし、病気自体がわるくなればいくらきっちりと通院されていても患者さんの体調は悪くなります。つまり、医師のもとに「通院すること自体の重要性」は、病気の病状にマスクされてしまいわかりにくいのです。そのなかで、今回の江頭さんの事案や、何十年お付き合いしてきた多くの患者さんと接してきた事案から、医師のもとにきっちり通院すること自体により健康になるという効用がかなりあるのではないかと私、思っております。この江頭さんの場合は、身体はほぼ健康で、血圧だけが高いという状況でした。ですので、通院すること自体の効用が浮き彫りにされやすかったと思います。私の外来に来られてそのたびに高血圧の怖さとか服薬の重要性を私からレクチャーされます。また、血圧を下げるために、どのような食事がいいかとか、運動の効用とかを毎回聞けます。この刷り込み効果が大事だったかもしれません。
とさらに私と10分でも話をするために、芦屋から福島の阪大病院、または吹田の阪大病院や国循に来るために電車に乗り換え、駅の階段を上り下りしてこなくてはいけません。大変いい運動になります。また、ぼやぼやしていると、駅の乗り換えを忘れてしまい電車の乗り間違えや乗り過ごしが起こりますので、いつもしっかりしていなくてはいけません。認知症になっている暇もありませんね。これらのことにより、江頭さんは知らず知らずの間にご自分の生活習慣や行動パターンがいい方向に変わっていったはずです。実は、これがとても大切で、こういうのを「無意識の行動変容」と言います。行動変容を起こすことが現代の医療の本質です。
こ以前は、医療はパターナリズム(父権主義)により成立しており、その本質はある意味医師の強制でした。パターナリズム(paternalism)とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意思を問わずに介入・干渉・支援することを言います。これに対する対義語はマターナリズム(maternalism、母性主義)で、「相手の同意を得て、寄り添いつつ進む道を決定していく」という立場です。漫画の『巨人の星』の星一徹はパターナリズムそのもので、それをとりなして星飛馬に共感してその慰め役であった姉明子はまさにマターナリズムそのものです。
医師(専門家)から見れば、世話を焼かれる立場の患者(素人)は医療に関しての知識は少なく、自分の体のことでありながら自分で正しい判断を下すことができません。その結果、医療行為に際しては、患者が医師より優位な立場には立てない状況です。実際、医師が患者さんに「黙ってこの薬を飲んでなさい」とか「これは手術しかないから来週手術します」とか患者さんに有無を言わせずに医療を押し付けるパターンです。昔の父親像と相通じるところがありますね。一般に専門知識において圧倒的な格差がある専門家と素人の間では、パターナリスティックな介入・干渉が起こりやすいとされています。寿司屋の職人や、有田焼の職人など、弟子入りしてもなかなか寿司の握り方や焼き物の作り方を教えてもらえず、最初の1年は掃除だけという教育の仕方がありました。
このパターナリズムがどのように変化して「無意識の行動変容」にたどり着いたか、その変化のプロセスと江頭さんの長生き理由については「次回に続く」です。
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