北風ブログー775
2023/11/24更新
病気―18
江頭さんが私の外来に来られたのが、1985年でしたが、実は今回、江頭さんが入院されたのは、国立循環器病センターの心臓血管内科のCCUで、2015年のことでした。あれから30年の時間が流れておりました。驚きです。江頭さんは95歳になっておられました。十分に長寿です。
歴史は流れました。阪大病院は、大阪市福島区から吹田市に移転しておりもはや大阪市にはありませんでした。阪大が移転したのは平成6年ぐらいでしたか、平成7年(1995年)には阪神淡路大震災があり、せっかく移転新築された阪大病院にひびが張り、修繕しなければいけなくなりました。私が1986年にジョンズホプキンス大学に留学して、阪大に帰国したのが1988年、そのあと阪大で助教(当時は助手)、院内講師となり、2001年に国立循環器病センター(現在は国立循環器病研究センター)の心臓血管内科部長として赴任しました。江頭さんも、アメリカ留学中以外はずーっと私が診察しており、国立循環器病センターでも江頭さんはまことちゃんとご一緒に来られていました。
でも、まことちゃんも2010年ぐらいに肺がんになられてしまい、阪大病院でお亡くなりになりました。衝撃的でした。余談ですが、われわれ、カルテに「死亡」と書くのはやはりはばかられるので「鬼籍に入られる」とか書きます。でも江頭さんは、まことちゃんに付き添われることなく、引き続きおひとりで黙々と私の外来に通われていました。
で、問題の江頭さんの血圧はというと、最後の最後までお薬を飲まれることに抵抗されました。やっとお薬を飲んでいただいたのが1995年ぐらいで、実にお薬を飲むまで10年かかりました。それもフルイトランという降圧利尿薬で、高血圧治療薬の中では初歩中の初歩の薬を、それも半錠をいやいや飲むという感じです。血圧も収縮期血圧で160mmHgを下回ることは最後までありませんでした。
2018年、江頭さんは98歳で「鬼籍に入られ」ました。最後のお言葉が「言うことを聞かない患者さんですみませんでした。でも、病院に通って先生にお話をいろいろ聞いていただいて、検査をしていただいて、大丈夫だと言っていただいたのがとてもうれしかったです」
98歳で天寿を全うされたのは素晴らしいことですが、西洋医学、平均の医学が江頭さんに負けた瞬間でした。最初江頭さんにお会いしたときに、私が言った言葉「え、お薬を飲まない?でもお薬飲まないと血圧は下がりませんよ。血圧が高いと脳出血、脳梗塞、心筋梗塞、腎不全など怖い病気が待ち構えているので、お薬を飲まないとだめですよ」は、30年の歳月を経てまちがっているということが分かったのです。なぜなら、江頭さんは血圧が160mmHg以上を保ちながら98歳までご存命でまさしく天寿を全うされたからです。江頭さんに薬を飲ませようとした私が間違っており、江頭さんに薬を飲んでいただく必要がなかったのです。
もし、きっちりお薬を飲んでいたら100歳を超えて生きられてかもしれない、という私の言い訳は可能です。でも、98歳まで生きられれば通常は「よかったですね」と言われるはずです。こうなることがわかっていたら、無理矢理江頭さんにお薬を処方する必要はなかったのです。医学で将来予測をすることがどれほど大切かと思った瞬間でした。
この体験が、いま行っているAIで病気の発症予測をするという研究に結び付いていきます。