北風ブログー772

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2023/11/3更新

病気―15

このあとの、江頭さんのご返事があまりにも予想外でしたので、私は椅子から転げ落ちそうになりました。 「私、薬は飲みません!」


このご返事には前振りがあります。お薬をお渡しして2週間後、江頭さんが楚々として私の外来の診察場に来られました。型通り血圧を測定しました。 「あれ、おかしいな」と私が独り言を言い、再度血圧を測定しました。 「江頭さん、血圧が下がっていませんね。というか、前より血圧が少し高めですね。おかしいですね。お薬が効いていないようですね。申し訳ない」と私。 これに対して、江頭さんが 「私、薬は飲みません!」とおっしゃったのです。


「え、お薬を飲まない? でもお薬飲まないと血圧は下がりませんよ。血圧が高いと脳出血、脳梗塞、心筋梗塞、腎不全など怖い病気が待ち構えているので、お薬を飲まないとだめですよ」 「でも、先生、おくすり(・・・)は反対から読むとり(・)すく(・・)となるといわれていますよね。お薬を飲むといろいろと副作用が出すのではないですか?」と江頭さん、おっしゃいます。 「いえいえ、血圧のお薬は、副作用がほとんどありません。特に江頭さんにお出ししているこのお薬は、血管を拡張して血圧を下げますので、血管にも優しいのですよ」と私が優しくご説明します。 「血管が開きすぎたら、血圧が下がりすぎて、大変なことになるのではないですか? 本当に大丈夫ですか?」と江頭さん。

「ごもっともなご心配ですね。でも、この薬は平均血圧を15mmHgぐらい下げるということが、今までの使用経験でわかっているので、江頭さんがこれを飲まれても下がりすぎるということはないのですよ」と私。

「でもね、先生、それは一般の方に言えることで私にそれが成り立つかどうかわからないのではないですか? 私が特異体質で血圧が下がりすぎるということもあるのではないですか? だいたい血管が開くとなぜ血圧が下がるのですか?」 と江頭さんが反論されます。でも、本当に上品な女性なのでとても上品にお話になられます。

「そうですね、特異体質で下がりすぎるということもあり得ますから、それでは、ひとまず半錠から飲んでみますか?」 「血管が開いたら血圧が下がるというのは、うーん、それは難しい質問ですね。それはたとえば、水道とホースの関係ですね。ホースが硬くなると水が流れた時にホースはキンキンになりますよね。でも、ホースが柔らかいと同じ量の水が流れてもホースはキンキンにならないですね。その「ホースがキンキンになる」、つまりホースの圧が上がるということが人に例えると高血圧なのですよ。昔、中学で習ったV=IRという電気の法則覚えていますか? Vが電圧、Iが電流、Rが抵抗です。Rが下がる、つまり血管が柔らかくなるとIがふえる、つまり脳や腎臓にたくさん血液が供給されるので、体にいいのですよ」 


私、患者さんにご説明するときに、誤解を生まない程度にたとえ話に変えます。そのほうが患者さんには理解しやすくて、納得して医者の言うことに従ってくださるからです。


案の定、「先生、よくわかりました」


「おわかりいただけましたか? それはうれしいです」


これで一件落着……では、なかったのです。






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