北風ブログー789
2024/3/1更新
病気―31
病気―31
Tさん曰く、「先生、少しお待ちください。私、絵をかいておりまして、その個展の準備をしなくてはいけないのです。もう少し猶予はありませんか? 今手術をしてしまいますと、そのあと数カ月は絵が描けなくなるので、たった今は、手術は受けたくないのです。」
私曰く「いえいえ、Tさん手術といってもほとんどカテーテルでできるので大したことではないのですよ。手術と言うと大げさに聞こえますが、1~2時間、カテーテルの台に横たわるだけで、局所麻酔ですから意識も普通どおりあるのですよ」と説明するのですが、「いえいえ、もう少しお待ちください。次回の診察で悪化していれば考えますので、もう少しお待ちください。症状もなくピンピンしているのに、本当に手術が必要なのですかね?」とおっしゃいます。
この前お話ししましたように、大動脈弁狭窄症は心臓の左心室と大動脈の間にある大動脈弁が何らかの原因で開きにくくなり、左心室から大動脈への血流が悪くなる病気です。左心室にかかる負担が大きくなり、進行すると心不全をきたし突然死に至ることもあります。息切れ症状があったり、心臓の動きが低下したりしている重度の大動脈弁狭窄症は手術治療が必要です。機能が低下した大動脈弁を人工弁または生体弁に置き換える治療を行うのです。そのためには外科治療(外科的大動脈弁置換術)かTAVIを行う必要があります。TAVIは、タビとよみ、transcatheter aortic valve implantationの省略形で日本語に訳すと経カテーテル大動脈弁置換術となります。
外科手術は、胸部を切開し人工心肺装置を使って心臓を止めた状態で手術を行う必要があり、高齢者や体力・臓器の機能が低下している人には体にかかる負担が大きくなります。そのうち、高齢者や外科手術のリスクが高い人にTAVIが行われます。高齢であっても大動脈弁の形やサイズが合わない場合や、ほかに外科手術が必要な心臓疾患がある場合には、外科手術のほうが適している場合もあります。TAVIか外科的大動脈弁置換術のどちらを行うかは年齢や併存疾患、弁や血管の解剖などを考慮して、心臓に関わるさまざまな専門家のチームであるハートチームで総合的に判断され、患者本人と相談のうえ最終的に決定されます。また、TAVIで使用される生体弁(人工弁の1つ)は10~15年程度で劣化するため、特に若い患者に対して治療選択をする際は人工弁が劣化した際の次の治療についても考慮する必要があります。現在、大動脈弁狭窄症は、ほとんどのものがカテーテルで治療できるようになってきております。脚の付け根にある大腿動脈と呼ばれる血管からカテーテルを挿入し、心臓まで到達させます。切開部位が小さく、また全身麻酔なしでも行えるため、TAVIの中でも最も体の負担が少なく、最もよく選択される方法です。何も合併症がなければ1週間で退院できます。
いまのTさんの場合にはこのTAVIが最適なので、強く私はおすすめしたのですが、了解がなかなか得られません。