北風ブログー791
2024/3/15更新
病気―33
病気―33
このTさんの罹患していた大動脈弁狭窄症は、多くの場合、長期間無症状のまま水面下で進行します。その症状も息切れ、疲労、胸痛、めまいなど特異的な症状でないため、患者さんは加齢によるものと捉えている場合が少なくありません。いわゆる、「年のせいだね」というやつです。医者も説明がつかなくなると、「まー、それは年のせいもありますなー」ということがあり、患者さんにしてみると妙に納得してしまいます。
また、ご高齢の大動脈弁狭窄症の患者さんは、疲れたり息切れをしなかったりすることから、無意識にご自分の行動を制限していることが少なくありません。そのため、「何も症状はないですよ」とおっしゃいます。このTさんもまさしくそうでした。とくに大動脈弁狭窄症の症状は、加齢にともなう体の変化と似ていることから、大動脈弁狭窄症の症状を「年のせいだ」と考えがちです。そのため、症状やその進行に患者さん本人が気づいていないことがよくあります。患者さんが症状を自覚していないことにより、有症候性の患者さんを無症候性と誤って判断する場合があるため注意が必要なのです。
でも、大動脈弁狭窄症は進行していくため、定期的なフォローアップを行い重症度評価に基づく適切な介入治療のタイミングを見逃さないことが大切です。つまり、良くなることがないのです。弁膜症治療のガイドラインでは、大動脈弁狭窄症の患者さんは、軽症の場合3~5年ごと、中等症では1~ 2年ごと、重症になると6~12カ月ごとにフォローアップするのが目安とされています。そこで、私はこのTさんに対して6カ月おきのフォローアップをすることにしました。もともとこのTさんの「弁口面積は1.1平方cmで圧較差が50mmHgで大動脈弁狭窄症は中等度~高度」だったのですが、半年、1年、2年とたちますと「弁口面積は0.9 cm2、圧較差が70mmHgで、大動脈弁狭窄症は中等度~高度」と進展していきました。
大動脈弁圧較差が70mmHgといっても、どういうことかあまり実感がないかと思いますので少し詳しくお話しします。Tさんの血圧は上腕で測りますと、130mmHg/80mmHgでいたって正常です。でも、大動脈弁圧較差が70mmHgということは、心臓の大動脈弁の前後で70mmHgの差があるということで、心臓の中の圧力は200mmHg/150mmHgになっているということなのです。もし、あなたが今日の血圧は200mmHgですと言われたらパニックになってしまいますよね。でも、心臓は200mmHgの圧力を出すことができますしそれに耐えることができます。
キリンの話で恐縮ですが、キリンの首は2~3mぐらいあります。そのため、心臓から頭へ十分な血液を送ろうとすると、キリンの心臓当たりの血圧は上がおよそ250mmHg、下が200mmHgほどだということです。でないと頭に十分な血液が流れないのです。それでも、この高血圧のキリンは問題なく生きておりますので、人間も同じです。ちなみに人間の血管は300~400mmHgの圧力に耐えれることができるぐらいに強いと学生の時にならいました。ただ、300~400mmHgが何年も続くと動脈硬化が進展しやすいと想像されますね。
いずれにせよ、圧較差70mmHgは、心臓内の血圧に換算すると200mmHgなので、その値を聞いただけでこちらのほうが失神しそうになります。じつはTさんはご自身が失神するどころか、「先生のおかげでとても元気で過ごしております。心臓は動悸も息切れもしません。ありがとうございます」と、医学の常識に照らし合わせて考えると、再度こちらが失神しそうなことをおっしゃいます。