北風ブログー813

2024/8/16更新
病気―51
「なぜ、三尖弁が逆流するのか、また逆流するとなぜ心不全になるのか。またその原因はなにか?」これが次のMさんの病気への疑問です。
人間の心臓は2心房2心室であることは、小学生の時に習いましたね。この図のように向かって右が左心、左が右心です。左心は上のほうに左心房、下のほうに左心室があり、その間に僧帽弁があり、右心は上のほうに右心房、下のほうに右心室があり、その間に三尖弁があるのです。この三尖弁逆流というのが、Mさんの心不全の病態を形成しているのです。
血液は、心臓から大動脈に向かって拍出されて、全身の組織や臓器に栄養や酸素を分配して、ヘロヘロになって上大静脈・下大静脈から右心房に戻ってきます。血液は、右心房から右心室へ駆出されて、そこから肺動脈を経て肺に運ばれてここで酸素の補充を受けます。血液の栄養分は、血液が肝臓を通過した時に補充されますが、酸素は肺で補充されるのです。
再度言いますが、全身の静脈からの血液→上大静脈・下大静脈→右心房→三尖弁を通過して右心室→肺動脈→肺から肺静脈→左心房→僧帽弁を経て左心室→大動脈弁を経て大動脈→全身の動脈→全身の静脈→と血液が流れます。
心エコーのデータでLVEF 60%でしたから、Mさんは、左心室の収縮性はよかったですね。ところが、データをよく見てみると e’/Eが30ととても悪かったのです。e’/Eは左心室の拡張性を示し、8以下が正常で、15以上が異常値です。ですので、その値が30というととても心臓の拡張性が悪いことを示します。 心臓の拡張性が悪いと何が起こるのでしょうか? ご承知のように左心室は収縮により血液を心臓から吐き出しますが、血液の吸い込みは左心室の拡張に依存します。その吸い込みの力が弱くなると何が起こるのか? 先ほどの「全身の静脈からの血液→上大静脈・下大静脈→右心房→三尖弁を通過して右心室→肺動脈→肺から肺静脈→左心房→僧帽弁を経て左心室→大動脈弁を経て大動脈→全身の動脈→全身の静脈」の構造の中で、「右心房→三尖弁を通過して右心室→肺動脈→肺から肺静脈→左心房→僧帽弁を経て左心室→大動脈弁を経て大動脈」がまともに流れなくなります。とすると、肺に血液がうっ滞して、そのため右心室・右心房に血液がうっ滞します。とすると右心室・右心房が拡大して、そのため右心房と右心室の間にある三尖弁が離開してきっちりと閉まらなくなりその閉鎖不全のために「三尖弁逆流」が起こるのです。これはさらに根元に波及して上大静脈・下大静脈がうっ滞します。
ここで特徴的なことは、肺うっ血と全身の血液うっ滞による浮腫です。肺うっ血は肺のガス交換機能を悪くして血液の酸素化を阻害しますので、血液の酸素含有量が減り、このため患者さんは疲労感を感じます。また、全身に浮腫が起こると全身の臓器の機能が悪化します。たとえば、肝臓に浮腫が起こるとうっ血肝となり肝機能異常を生じますし、腎臓にうっ血が起こると腎うっ血となり腎機能が低下します。
このような状態を「左室拡張障害による心不全(diastolic heart failure)」と以前は言っていましたが最近は用語が改定されて「左室駆出性の保たれた心不全(heart failure with preserved ejection fraction:HFpEF)」と呼んでいます。これに対して、心筋梗塞などにより心臓の収縮機能が低下したことにより生じる通常の心不全は「左室駆出性の低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction: HFrEF)」と呼んでいます。HFrEF(へフレフ)は、17世紀から認識されている病態ですが、このHFpEF(へフぺフ)という心不全のなかの特殊な病態はここ10年ぐらいで認識されてきたものでとても新しい概念です。長々と説明してきましたが、MさんはこのHFpEFだったのです。